本記事はトラベルボイスから転記しております。
テクノロジーを活用して、移動(モビリティ)をシームレスに繋ぐ「MaaS」。全日空(ANA)は昨年7月、企画室内に専門部署「MaaS推進部」を立ち上げ、本格的な取り組みを開始した。今年3月に開始したANA独自の経路検索サービス「ANA空港アクセスナビ」で、ANA便を利用する旅行者の出発地から最終目的地までの移動すべてを、シームレスに繋げようとしている。
このサービス拡充に向け、ANAは先ごろ、タビナカ事業者のEチケットプラットフォームを提供するLINKTIVITY(リンクティビティ)と連携。国内外の交通事業者や観光施設等と繋がるリンクティビティと組むことで、予約決済機能の追加とともに、MaaSで連携する交通事業者の拡充にも乗り出した。一方のリンクティビティも、タビナカ商材の扱いを広げるなかで、特に交通事業者との連携を強化しているところだ。MaaSに力を入れる両社に、その取り組みと未来図を聞いてきた。
「ANA空港アクセスナビ」は、ANAがMaaS推進部を立ち上げた後、最初に提供を開始したサービスだ。ANAの航空券を直接予約した旅客向けの経路検索サービスで、予約したフライトの出発時間または到着時間から逆算してルート情報を提示するとともに、当該便に応じた運航情報や空港内情報なども提供。さらに、地上交通機関やサービスの予約決済機能を付加し、出発地から最終目的地まで、ANA便利用者に特化した一気通貫の移動サービスとして展開する。今年4月には、京成電鉄のスカイライナーとの連携も開始した。
MaaS推進部マネジャーの伊勢浩平氏は、ANAのMaaS戦略が「国内、海外、インバウンドに関わらず、ANA便を利用するすべてのお客様に対して、(自宅からの)出発から最終目的地に到着するまでのシームレスな移動をお手伝いする」ためのものであることを説明。事業性より、顧客満足度や利便性の向上に焦点を当てて推進する“ANA版MaaS”として展開する。その上で、航空会社としてMaaSに取り組む3つの理由を話した。
1つ目は、自由に不安なく移動したいという旅客のニーズに対応すること。特に飛行機での移動は、遠隔地や見知らぬ土地に行く割合が多く、「地域の地上交通との連携が必要。航空会社だけではできないところをMaaSでつなげる」(伊勢氏)というもの。
2つ目は、「航空会社としての強みも生かせる」(伊勢氏)という点。ANAは、航空券予約購入のタッチポイントを持っており、そこにさまざまなMaaS機能を付加する機会が生まれる。航空券は記名式であることも、顧客へのアプローチがしやすい。また、航空会社として注力してきたコードシェアの知見を、他事業者とリンクするMaaSでも生かせるとの考えだ。
3つ目は、MaaS運用で人の移動全体が可視化されることで、新たな価値創造が可能になること。「航空機と地上交通との接続時間の改善などのほか、これまでにないサービスの創出への期待も大きい」(伊勢氏)という。
(左から)MaaS推進部マネジャーの伊勢浩平氏と築地由布子氏
実はANAでは以前にも、地上交通サービスを展開してきた。その1つが、2003年2月に国内主要空港で開始した「ANAあいのりタクシーサービス」。空港から自宅までANA便の利用者を相乗りで送るサービスだ。空港到着後の地上交通を補って目的地に届けるという、現在のMaaS推進部と同じ発想で行なっていたものだが、「当時は効率的な配車システムなど、利用者ニーズに応える技術が足りなかった」(MaaS推進部の築地由布子氏)。運用面で課題があったことから、このサービスは2006年9月で終了した。
ただ、そのサービス自体の評判は高く、空港/自宅間の輸送ニーズは確実にあることが分かった。「テクノロジーの進化によって、スマホで予約から決済までできるようになった今、MaaSという枠組みでそのニーズに、より効率的に応えることが可能になった」(伊勢氏)と、ANAが以前からシームレスなサービスを目指していた経緯を振り返った。
しかし、いざ「空港アクセスナビ」の開発に着手すると、新たな課題が露見した。それは、MaaSのキモである交通事業者との連携。「様々な交通事業者とつながっていくのは、一筋縄ではいかない」(伊勢氏)と感じた理由は大きく2つ。1つが、国内の広範囲にある交通事業者を、部署内のリソースだけで広げていくには限りがあること。そしてもう1つが、いかにして国内外の事業者とデジタル的につながっていけるかどうかだ。
この課題解決のために、リンクティビティとの連携という手段に白羽の矢が立った。
リンクティビティは、交通機関や観光施設、アクティビティなどを提供する日本のサプライヤーと、販売元となる国内外の旅行会社やOTAを結ぶ、予約プラットフォーム。今年3月、BtoB向けのサービスで事業を開始した。国内サプライヤーでは20社以上の交通事業者や施設と連携。鉄道では、東京メトロや大阪メトロ、南海電鉄、京成電鉄、近畿日本鉄道など、施設ではスカイツリーなど、大手事業者が名を連ねる。販売先では国内外200社以上の旅行会社と連携している。
特徴はQRコードの活用だ。QRコードを使ってサプライヤーのチケットをEチケット化し、紙ベースの実券なしで、駅の券売機などからの発券や、あるいはそのまま改札自動入場することができるところにある。
今回のANAとのMaaS構築の連携も、この仕組みを活用。9月17日から、空港アクセスナビに予約決済機能を追加し、検索結果から東京メトロと都営地下鉄が乗り放題になる旅行者向け企画チケット「Tokyo Subway Ticket」の予約購入と、主要駅の券売機からQRコードでの発券を可能にした。リンクティビティは今春、東京メトロと都営地下鉄にこのEチケットシステムのソリューションを提供しており、それを今回の連携で活用した格好だ。
ANA「空港アクセスナビ」での「Tokyo Subway Ticket」予約決済利用イメージ
リンクティビィティとANAの空港アクセスナビの連携先としては、東京メトロと都営地下鉄が初となったが、ANAは「国内外の事業者とのつながりが多く、鉄道会社やバス会社など様々な交通事業者との提携を増やしたい」(築地氏)と、さらなる拡充に意欲的。リンクティビティも現在、交通事業者との連携を強化しており、「リンクティビティの他の連携先とつなげることも視野に入れている」(事業戦略チーム・チームマネージャーのティファニー・コウ氏)と期待をかける。
さらに、リンクティビティは交通事業者に加えて、観光施設のチケットのQRコード化にも積極的に取り組んでいる。同社セールスチーム・チームマネージャーの李明載氏は、「交通機関と観光施設の複数のチケットをセットで購入できる仕組みを提供する予定」と明かす。ユーザーに発行した1つのQRコードで、複数の交通機関と観光施設を利用可能とするもので、利便性の向上も図る。「日本の観光型MaaSの促進に寄与することが当社の方針」と李氏。連携先の海外事業者も拡充し、世界を繋ぐ越境型MaaSの実現も視野に入れている。
ANAの伊勢氏も「まずは交通機関だが、その先には観光型MaaSとして観光施設も展開できるのではないか」と将来を見据える。すでに、空港アクセスナビでは交通機関以外にも、沖縄での検索結果に、那覇空港/ホテル間の手荷物配送サービスへのリンクを開始。さらに「航空機の予期せぬ運航イレギュラー時にも、MaaSの仕組みを使ってお客様の利便性を向上出来るよう、検討をしている」(ANA築地氏)と、移動に係る周辺サービスを繋ぐことも視野に入れている。
(左から)リンクティビティ セールスチーム・チームマネージャーの李明載氏、事業戦略チーム・チームマネージャーのティファニー・コウ氏
MaaSの概念は、ここ数年で日本でも広く知られるようになってきた。ANAの築地氏は、同部の取り組みを進める中で、「事業者からMaaSで何かできないか、というお声を頂くことが増えた」と、MaaSに対する期待の高さを感じている。しかし、MaaSではデジタル化された連携が不可欠であるが、航空会社を含む交通事業者や観光施設のデジタル投資は、コロナ禍で先送りになってしまうこともあるようだ。
「全国的にまだまだ実券のところが多い。まずはそこのEチケット化を進めていく」とリンクティビティの李氏。同社はインバウンド向けのサービスという印象が強いが、「ANAとの連携は、国内旅行で連携事業者を開拓していく面でも強みになる」と、今回の協業による効果への期待を話す。ANA伊勢氏も、「Eチケット販売のソリューションを提供する事業者と組むのは、デジタル化やMaaS拡充の助けになるという期待もある」と、観光事業者のデジタル化への期待を話す。
ANAはMaaS構築において、リンクティビティとの連携に加えて、自社でも地域の交通・観光事業者らMaaSサプライヤーの開拓と連携を進めていく方針。また現在、さまざまな地方で地域交通とMaaSの実証実験も行なっている。
「飛行機をご利用される全てのお客様へ、幅広い交通機関と連携し、シームレスでユニバーサルな移動体験を提供したい」――。MaaSの本格的な実現には、その目標に向かって遂行する強い思いと同時に、デジタル化を助ける事業者との連携が欠かせない。
(左から)リンクティビティ李氏、コウ氏、ANA築地氏、伊勢氏